ヨガスタジオ 横浜の速報

しかしそういう場で、がん患者のように死にいたるまでそうとうな時間を残して、徐々に終焉しようとしている生命を前にして、生命維持装置を使うことを控えるべきかどうかについては、関係者のあいだで葛藤を生じる。
主治医の心のなかでもそうだし、医師と看護婦のチームのあいだでも見解の相違が必然的に生じる。
病院の医療チームというのは、もともとそういう医学的治療のための判断をこえた状況を解決するために作られてはいないのである。
 そういう意味では、病院内でのがん患者を医師や看護婦のチームでサポートするのがよいということがよくいわれるが、ちょっときれいごと的な、あるいは「皆でやれば怖くない」的なところがあって、かならずしも問題の本質的な解決法にはならない場合がある。
 こういうややこしい問題を、いわば止揚するかたちが在宅ターミナルケアではなかろうか。
要するにターミナルケアの「場」の選択である。
在宅でできる処置は点滴程度の限られたものしかないから、はじめからそのような限定された医療条件のなかで、しかし本人にとってはもっとも精神的には満たされた場において、関係者一同がとるべき最善の方法を考えることができる。
 先にも述べたように、最近在宅でのターミナルケアに力をいれる開業医や看護婦が増えてきつつあるが、このような医師、看護婦のあいだでも、在宅死のほうが病院での死よりも本人の満足度が高いというのが定説である。
家族の満足度も高いようだが、それには条件がある。
 これはごく最近、八七歳の母親がほかの病気で長期間の入院中に、突然心筋梗塞を起こし、なんとか救命したのだがその直後に重い脳梗塞が起こり、両側の手足がマヒして意識がまったくなくなった、その娘さんにあたる女性の話だ。
 主治医からは、回復の見込みはまったくないと宣告された。
持続点滴のために身体がむくみ、人相も変わってしまった。
酸素吸入で気道が乾燥することもあって、ひっきりなしに痰をとらねばならない。
そのたびに意識はないが、本人の顔が苦痛にゆがむ。
家族も病室の粗末な簡易ベッドでの泊り込みが続き、ヘトヘトになった。
家族も主治医もつぎにどのような手を打てばよいか、考えあぐね言い出しあぐねて、膠着状態のまま何週間もたった。
 途方にくれて相談した主治医ではないある医師から、「思いきって自宅に引き取ったら」という助言があり、そうすることになった。
幸い最後まで面倒見ましょうという、在宅ケアに熱心に力をいれている開業医も近所にみつかった。
もちろん一週間に二回の訪問看護もきてくれることになったし、床ズレ予防のエアーマットや痰の吸引用具の貸出もあった。
 点滴を継続するかどうかについて、医師と家族のあいだで話し合いがあり、一日一本だけ点滴は続けることになった。
結果として、痰も減って、入院中の苦悶がうそのように穏やかな日々が約一ヵ月続き、子どもや孫に囲まれて、ある日消え入るように息を引き取られた。
これはその方から、後日私あてに頂いた手紙の一部である。
  「これで葬儀万端ひとくぎりがつきました。
「中略」今回私は大いばりです。
『父と母と二人とも在宅で、自分たちの手で天国へ送ったの!』とふれ回っています。
しんどかったことはみんな忘れて、心の満足だけが残っている感じです。
でも実際には三八㎏になっていますけど。
お友達や近所の方々が心配して下さって、毎晩のようにおかずを差し入れしてくれたり、色々いただくのですが、このごろようやく物の味がわかってきました」 このお手紙の後半が問題である。
現在、在宅ターミナルケアは、いまだ家族の介護負担がたいへんであるし、精神的緊張と疲労がはなはだしい。
それにはこういう事情に通じた医師や看護婦、それとできれば地域の親身な人間関係のサポートがほしい。
 そしてここでも、ホームヘルパーなどの在宅介護サービス-社会福祉の充実が不可欠だ。
ある意味では、高齢障害者の介護とは非常に緩慢なターミナルケアといえなくもないのであって、健康保険制度の報酬面で医師や看護婦へ手厚く報いることとともに、在宅介護制度の充実が決定的に重要だ。
 病院から地域サポートのなかでの在宅へと、ターミナルケアの日常的な選択肢をひろげることが、ターミナルケアのもっとも現実的な解決策ではなかろうか。
これは、年間一三〇万人というたいへんな死亡者急増時代が迫るなか、さらに押し進めるべき緊急課題である。
 先に個別の自立支援のノウハウについては、北欧から学んだ実践例をご紹介した。
これは高齢障害者の自立を促進するとともに、親子ともに高齢化する時代での、よき家族関係を保つために不可欠のノウハウでもある。
つぎに、国レベル、というか社会全体のシステムについてのノウハウをみてみよう。
 二一世紀の超高齢社会にむけて、安心できる社会福祉システムを構築しようとする場合、経済成長との関係は避けて通ることのできない命題である。
たしかに福祉充実が経済成長を損なうようでは、元も子もなくしてしまう。
「社会福祉に力を入れると、経済成長を阻害する」、 「福祉は経済成長の足かせだ」という説が、つい最近までよく言われた。
「福祉亡国論」などという激しい調子のものもあった。
 しかし一方で、スウェーデンやデンマークなどの北欧を訪れたことのある日本人は、先にも述べたように、社会福祉の水準が高いことと同時に、市民が平均的に非常に高い水準の生活をエンジョイしていることに一様に驚きの声をあげる。
 なにしろこれらの国々では、四〇代のサラリーマンが、サマーハウスやヨットを持っているのは、ごくふつうのことなのだから。
デンマークの首都を少し離れると、ふつうのサラリーマンのための「別荘団地」がいっぱいある。
無数にある入江には、やはりごくふつうの庶民の自家用ヨットがおびただしく停泊している。
しかも彼らは(少なくともヒラの給料取りは)、一週間三八~四〇時間しか働かず、そのうえ年間五週間もの有給休暇をとっている(管理職もヒラも必ず五週間とらなければいけない)。
 それでいて、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーなどでは、勤労者一人あたりの国民総生産は常に世界のベストテンにランクされる。
かつて何度も北欧福祉国家の経済的ゆきづまりが指摘され、いまにも国がっぶれるかのごとくいわれたが、このような高い生産性は常に維持されてきた。
これまでの北欧の高福祉社会の紹介でスッポリと抜け落ちていたのが、これらの国々のきわめて高い生産性である。
北欧の市民の生活水準が高いレベルで維持されているのは、まさにこのような生産性ゆえである。
「高い生産性こそ、高福祉の糧」というのが、北欧諸国に共通する考え方である。
 じつは意外なことに、調べてみると「福祉亡国論」をきちんと理論的に証明した経済学者はいないのである。
そもそも「福祉をやりすぎると財政が悪化する」という向きがあるが、そう主張し続けて「あまり福祉をやっていない」アメリカと日本が、いま先進国中でもっとも国内財政状況が悪化しているという事実が、何よりもこの俗論が誤りであることを雄弁に実証している。
 「福祉のやりすぎ」で国の経済が破綻した例はない。

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